
"をどりと感動"
名古屋に生まれインターナショナルスクールを卒業後、渡米しニューヨークの美大を卒業した経歴を持つ日本舞踊西川流市師範の西川千雅さん。 そんな彼に「をどりと感動」テーマに感動創造企業として成長を試みる株式会社ムーブとしてインタビューしました。
名古屋では厳しいからお金にならない。(西川)
—名古屋をどりと西川流の歴史について教えてください。
西川徳川吉宗の時代、江戸では緊縮されていてその芸者が名古屋に流れてきた。そのときに職人さんたちも来て名古屋仏壇などがうまれた。その時代は足を使って旅行していた。尾張とは上方と江戸の中間地点であったんですよ。
西川実際、芸そのものはメイン役者が江戸から上方からやってきて、その他という役者のくくりは地元調達するような流れがあった。
—そういった時の名古屋の人々の反応はどうだったんでしょうか?
西川スタッフは東も西も両方の名人も見ている。目が肥えてくるんですよ、お客様も含め。名古屋でライブするとなかなか現代でも乗せられない、って良く言いますね。
西川名古屋では厳しいからお金にならない。そういう意識がアーティストにあった。名古屋飛ばしの理由とはチケットが売れないからで、良く言えば名古屋の人は芸に厳しいから。悪く言えばミーハーだから有名な人のライブしか行かない。
西川かと言って名古屋の人は中途半端は嫌なんですよ。誰も知らないものはいらない、というか。昔から贈り物と言えば松坂屋、みたいに一旦受け入れるとそれをずっと続ける気質がある。その分アーティストは名古屋の人の意見の厳しさに研磨される面は必ずあるんです。新しいアイディアというのは色んなものの組み合わせで生まれると思います。そんな事を考えると何かと何かを融合させて新しいものを生み出す力を名古屋は持っているんですね、例えば漫画喫茶やパチンコなど。そう考えると名古屋は想像力豊かではないかと思うんです。
—家康葵武将隊の結成とは西川さんにとってどんな意味があったんでしょうか?
西川伝統芸能は昔から伝統だと思われるが、実はその時代にとてもヒットしたんです。だから残っているんですね。20世紀の変化とはとても激しいものでありました。日本舞踊などもその変化に対応するために挑戦してきました。
西川家康葵武将隊は岡崎市の想いとつながっているんです。岡崎市そのものはパフォーマンスや芸の事がわからなかった。私はアドバイザーとして、コンセプト、指針、パフォーマンス内容などのアドバイスをしました。甲冑も手作りしますしね。 名古屋のおもてなし武将隊とは何が違うのかというと芸能人よりはディズニーのミッキーに近いんです。おもてなし武将隊は「お城に行ったら何かパフォーマンスをしている人がいて、面白い、感動した」に一番目的があるんです。
西川やり手は大変ですよ。常にお客様とコンタクトを取りながらパフォーマンスもしているんですから。
悩みました。二番煎じ以外の何で岡崎が立てていけるか。オヤジにしようかと思ったがそれは沢山いたし、女性が興味をもてない。笑
西川イケメン天然資源説があります。でもどこからそれを見つけてくるのか?オーディションの時に普通の印象であった若者が甲冑をあててみたりするとこれがビックリするほどレベルが上がって見えてくる。こういう所を大事にしていこうと思いました。
—人が心を動かすという意味の感動を生み出すには何が必要なのでしょうか?
西川まずどうやって磨けば商品になるのか?いかに手を加えていくか?この事を考えます。
やっぱり、掛け値なしの情熱を持っていること周りを動かすと思うんですね。目標があることで情熱が生まれる。計算してしまうタイプだとどうしても情熱は生まれにくいのではないでしょうか。「これをこうしたい」という欲求を持ち続けること。つまり「志す」(心が指す方向)が大事なんです。
無から有を作り出す。力(西川)
—西川さんにとって仕事とは何でしょうか?
西川「もっと自分を飛び越えてみたい」という気持ちを持っている人も多いのではないでしょうか。私にとって趣味はものづくりなんです。趣味も仕事も混ざりあっている感じですよ。
—尊敬する方はいらっしゃいますか?
西川尊敬する人とは有名・無名かかわらずたくさんいますね。以前竹中直人さんにインタビューしたことがあって、「僕は演出をしない。キャスティングが演出だ」「どんな映画でも嫌いなものはない」という言葉を聞けた。これに感銘を受けましたね。人は誰でもいい部分が必ずあるので誰でも尊敬したい、という想いがあります。
臥薪嘗胆って漢字かけないですよね(西川)
—どんな言葉が好きですか?
西川臥薪嘗胆って漢字かけないですよね。w 「宝は他からやってくる」という言葉は好きですね。 自分で全てを思いつこうとしない、ようにするというか。自分一人で世界は回るわけはないんです。だから人脈のつなげ方を意識したりするんですが、やり方として異業種懇親会は苦手ですね。投網じゃなく芋づる式で広げていく方が自分には合っていると感じます。だからこそ一人一人と大事につながる事を意識しています。これも他から教わりました。
私個人としては休日というコンセプトを数年前から無くしました。休時間という概念ですね。オンとオフを使いわける意味で使っていますが、結局気分的な問題である事に変わりはありません。しかし休みという時間を生産性を持って過ごす事が本当に大事なのではないでしょうか。
見てる人が身体が揺らしてしまうような曲で踊る。(西川)
—名古屋をどりについて教えてください
西川去年は祭りのように加藤晴彦さん出演で行いました。逆に今年はベーシックに戻ろうと。 岡林信彦さんの曲に合わせて踊るんです。見てる人が身体が揺らしてしまうような。
西川毎年楽しいものを目指していますが、楽しいながらも心を振り返られるというか価値観の再発見を目標としています。あえて昔の話を選びながらも現代を風刺する姿勢ですね。 古いから面白いという事ではなく、人間は人間を見ているんです。つまりやっている人間が飾りを捨てて魅力的であるかが試されるんです。人格が良く分かってしまう。これを演者としての最高の舞台であると考えています。
西川千雅氏プロフィール
1969年、西川右近(現・西川流三世家元)の長男として 名古屋に生まれる。 5歳のときに初舞台。15歳で西川千雅を名乗り、84年、88年 「名古屋をどり」北米公演に参加。名古屋のインターナショナル スクールNISを卒業後、渡米。ニューヨークの美大SVAを卒業。 以後、日本舞踊家として本格的に活動。60回以上続く日本舞踊 長期公演「名古屋をどり」公演他、数多くの舞台に毎年出演、 99年NHK「芸能花舞台」舞踊劇「望月の駒」主演。2000ドイツ 万博にて日本代表として舞踊を披露。2005愛・地球博開会式、 閉会式に出演。舞踊以外の活動では東海学園大学非常勤講師 (経営学部、人文学部、人間健康学部)、アートパフォーマンス、 コラム執筆、ラジオDJ、にっぽんど真ん中祭りではチームプロ デュースなども行う。

